よのすけカワラ「性人間たち」(取材ノートから)2012 . 11 . 27
 不 倫 ] ( No.6 )

<丸ハダカにされるとき>

 あるインテリさくざの親分を取材したときのことである。
 彼は有名私大の法学部出身。キレ者で、関東圏では屈指の武闘派
の大親分として知られていた。
 頭の回転も速いが、ファッションセンスもなかなかなもので、常
に“見られる”ことを意識している様子である。
 つまり、他人の眼をいつも意識しながら行動している。
 他人の眼とは、外を歩くときに必ず引き連れている、五〜六人の
子分衆であり、みずからが所属する組織の他の親分衆と、その子分
たちと、世間の人々であり、そして他のヤクザ組織の組長らと子分
衆である。


 インテリ親分とはいえ暴力団であるから、最後は、暴力がモノを
いう世界の住人だ。
 殺(や)るか、殺(や)られるか、というギリギリの局面が彼ら
のギョーカイには常に内在されているが、対立するたびに殺し合い
をしていたら、相手ばかりか自分の組織も身がもたない。
 そこで必要とされるのが、出入り(ケンカ)のときの、対立する
組の親分との交渉力である。
 相手(組、親分)の顔を立てると同時に、自分の組のメンツも守
らねばならない。


 幹部や親分同士が、一対一で面と向かって交渉し、トラブルを収
(おさ)める=収拾(しゅうしゅう)するとき、つまり最後の場面
でモノをいうのは、組長の胆力(たんりょく)=キモッタマと知力
(アタマの回転)や、組織力(組員の数の多さだけではない)を背
景とした、親分の人間的な器量の大きさなどの他に、ファッション
センスや財力(資金力)がキーワードになるという。
「テーブルをはさんで、出入りの相手の組長と一対一で面と対(む
か)い合ったとき、まず、ツラとツラを互いに向き合わせる視察戦
から始まる。そして口のききかたや態度などを観察しっこするわけ
だ。でもね、そのとき、互いに相手の着ている服や、身に着(つ)
けているモノ、たとえばバッグや腕時計や、ネックレスや、ブレス
レッドなんかの貴金属とかね、そういうモノを見比べっこするところ
から始まる。いや、このときに、もう勝負が決(けっ)することも
少なくないんです」(元組長=前出)


 ライターは同じメーカー品だが、腕時計は自分のはめているブラ
ンド品のほうが高価なので、
(勝ったゾ)
 しかし、ブレスレッドに関しては、相手のほうが、両手首に二つ
ずつ自分と同じモノを巻いているので、
(このヤロー、きざなことをしやがって。チキショー、負けたぜ。
だがな、全体としては、オレのほうが百万円ほど上回っているゼ。
勝った!)
 てな具合い……。


 外見なんて問題じゃない、中身が肝心(かんじん)だ、と説(と)
く者は多い。
 しかし、中身も外見に反映される。
 わけても、初対面となれば、まずは外見から入ってゆくのは当然
でもある。
 極論すれば、そのひとの人間的な魅力や、価値は、ときとして、
その人の外見や服装、身に着けているモノやファッションセンスに
よって決まってしまう、あるいは決められてしまうといっても過言
(かごん)ではないだろう。


 話がやや遠回りになってしまったが、悪徳探偵社や興信所、ある
いは、ワル探偵のエジキになる客(調査依頼人)は、ここまで紹介
してきたエピソードを、よく参考にしてほしい。
 このキレ者のインテリ親分が、もしワル探偵だったらどうか。
 あるいは、悪徳探偵社のやりて営業マンでも同じである。
 彼は初対面で、夫(妻)の浮気調査の依頼に訪れたアナタの相談
(調査依頼の内容)に応じながら(応じると見せかけながら)、こ
とば巧(たく)みにアナタのプライバシーに踏みこんでくるはずで
ある。
 彼(女)は、さりげなくアナタの着ている服や、身に着(つ)け
ているモノ、場合によってはアナタが乗ってきたクルマに関しても
観察したり、世間話や雑談の中に紛(まぎ)れこませて話題にする。
 結論的にいえば、ワル探偵と会って一時間か二時間後には、もう
アナタは、いやアナタの財力や資力、もっというならアナタの「価
値」(といっても、人間的な魅力などではなく、“商品価値”のこ
とにすぎない)は、丸裸にされてしまっているのである。


「とくに女性(客)の場合、どうしても見栄(みえ)がありますか
ら、“そのバッグ、素敵ですねえ”なんて水を向けたら、その話題
からたちまち彼女の暮らしぶり……どんな家に住んでいるかとか、
毎月の生活費やダンナの年収……要するに、彼女がどれくらい資産
家かということが大体わかってしまいます。もちろん、どのていど
の調査費用がかかるかの『見積もり書』は出しますけれど、そんな
ものはどーとでもなることで、あとで水増ししたり、マルヒ(被調
査人)が予定外の動きをしたので経費がふくれた……とかなんとか、
適当にデッチ上げることも簡単にできます。要は、客(依頼人)か
ら、いくらカネが取れるかが我われの最大の関心事なんです。です
ので、相談内容より先に、まずは客自身がナンボのものか、ナンボ
取れるのか……そのことを判断するのが我われの一番大事な仕事な
んですヨ」



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